コミュニティを作るのが仕事だった。その仕事の前の幼少期から、私がやってきたことや話してきたことは、かなり一貫している。

•ほぼ全員に役立ったと言われる
•でも結果的に依存が生まれた
•依存が深まった関係ほど壊れた
•依存しなかった人たちは、例外なく自立していた
•その人たちとは、深く関わっても壊れなかった

これは偶然ではなかった。

私は「人を依存させたい人」ではない。むしろ逆で、

•人を立たせたい
•判断できるようにしたい
•世界を理解できるようにしたい

人が不安を解消したいともがく本質は、依存の混線が構造に組み込まれたからだ。
依存を適切に扱える状態とは、人に役割を押し付けることなく、関与することができること。

それができることが
思考・視点・構造を“深いところまで”渡せる人の条件なのだ。

「まだ立てない人」に構造を渡そうとしても
立たせる前に“拠り所”を与えてしまう。

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