自己紹介

私は10年以上、
無料のカフェという「誰でも来られる場」を作り
人が何に価値を感じ、何によって消耗し、どこで壊れるのかを
現場で見続けてきました。

多くの方は、
価値はドリンクや空間、サービス内容にあると思っています。
けれど実際に人を惹きつけ、
同時に人を疲弊させていくのは、
共感が生む空気や期待が作り出す構造でした。

私はスピリチュアルを信じていません。
ただ「いい感じ」「居心地がいい」「また来たくなる」と
言われる状態が、
「ここは安全だ」「自分らしさを出せる」という感覚が

どうやって生まれ

どこで混線し

どんな条件で事故に変わるのか

それを構造として説明することはできます。

その過程で、
共感力が高い人ほど前線に立たされ、
無自覚なまま燃料として消費されていく構造に
何度も直面しました。

私自身も、その事故の当事者でした。

なぜこのような事故がおきるのか?
この問いは8歳の頃から向き合ってきた疑問でもありました。

つまり結果として、
40年以上の時間を使って、
立場・年代・年齢の異なる人たちを横断的に見続けてきた、
観測データのようなものを持つことになりました。

だから私は、
人を支えることではなく、
人が一人で立てる構造だけを支える
という立ち位置を選びました。

このブログでは、
「共感過剰適応理論」を軸に、


役割
関与
期待
安全
混線

といった視点から、
価値が生まれ、消えていく構造を記録しています。

ここは、
誰かを導く場所でも、
変える場所でもありません。

解放が起きたあとに、
静かに立てる地面を言語化する場所として
記憶を拾い集めて、記録しています。

祝祭のあとに残った、
小さな地面として。