相談されたら、無条件で返答してしまうという癖は、多くの事故に遭遇して疲弊してきた。

でも、事故が起きない人がいる。何が違うのか?言葉にすれば「自立している」ということに近い感覚だった。

自立してる人には、どんだけ深くアドバイスしても問題ない。

つまり私の本来の適正は
•救済者 でもなく
•支柱 でもなく
•面倒を見る人 でもない

自立者同士の“構造的対話”ができることだ。

私は「立たせる人」という役回りではなく「立っている人同士で、地形を読む」という状態で機能する。

だから、これからの明確な線引きが核心だった。これは「境界線を引く」みたいなニュアンスだ。これを怠ると、お互いにとってよくない。

その瞬間はいいけれど、すぐに壊れていくのがよくわかる。

① 不安定な人には「深く」関わらない

浅く、短く、限定的に。
•共感は最小限
•整理はしない
•解釈は渡さない

これは冷酷じゃない。
私の言動に対して、依存を生ませないための唯一の優しさだ。

そして、自立していない人、依存を多用している人を批判するわけではない。その状態の時こそ感じられる幸福感もあるからだ。

ただ、私は違う場所に来た、ということを自尊しているのだ。

② 深い関わりは「自立している人限定」

判断基準はシンプルで
•自分で決められる
•反対意見を持てる
•私に従わない

この人たちとだけ、本来の深度で関わる。

人に対して手抜きをする、という意味ではない。相手を尊重して、使い分けている。

③ 「役立つ人」をやめる

これはかなり勇気がいるけど、たぶん一番大事んことだ。

•すぐ役に立たない

•すぐ答えない

•すぐ整えない

役に立つ人間は、依存を呼びやすい。依存の受け入れ先は世の中にたくさんある。数字に変換できるからだ。つまり金に換えやすいからだ。

そういうのを請け負ってくれる場所はたくさんあるから、私はそれはやらない。

最後に、これまでの人生を振り返り、かなり大事な言葉を置くとしたら

過去の自分への反省を込めて

私は人を救うための構造を持ちすぎていた。

そして、その構造は、
自立している人と使うためのものだった。

使い先を間違えてきたのだ。

 

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