〜10年やってわかった「人間関係」の本当の難しさ〜
私は、基本的にルールを設けない「無料の施設」を運営している。
お金はいただかない。
カフェも無料だ。
できるだけ自由に、気軽に来てもらえる場所を目指してきた。
この施設は、単なる思いつきではない。
会社として長年続けてきた「共感を得るための活動」の集大成として、経営陣とも話し合い数か月かけて設計し実行したものだ。
無料で提供し続ければ、誠実さはいずれ伝わる。
時間をかければ、きっと良い化学変化が起きる。
心無い人も来るだろう。
だが、既に様々なイベントや地域の取組の経験と実績もあった。既に点で実行する方法は持っていた。
それを面にすれば積み上がるという構造は理解できた。
そして何より──
私はトラブル対応に自信があった。
共感もできる。
構造理解もできる。
ストレス耐性も高い。
自他ともに、そう認められていたからだ。
無料=簡単、ではなかった
私のミッションはそこに人をなるべく多く集める、ということとされた。イベントを企画してどんどん人が集まって、無料でカフェが利用できるというのはそんなに重要視していない存在だった。
正直に言えば、最初はこう思われていた。
お金のやり取りがないのだから、難しい仕事ではないだろう、と。
だから経営陣から「カフェスタッフは未経験でいい。ボタンを押して珈琲を出せればいい」と言われていた。
私は応募があった人を全員採用した。
レジもない。
返金もない。
金銭トラブルもない。
「むしろ簡単な部類の仕事」ということを誰も疑わなかった。
実際、作業自体は難しくない。
だが──
3年くらいで、スタッフ側にトラブルが起きる。
しかも、そのほぼすべてが人間関係だった。
無料だから起きること
無料なのに、
「不親切だ」と言われる。
要求が過剰になる。
距離が近づきすぎる。
そして私が本当に恐怖を感じたのは、どれだけ誠実に対応しても、
スタッフから私自身が非難の対象になる瞬間が繰り返されたことだ。
利用者ならわかる。だけど身内の大事にして、悩みを聞いて解決策を考えて一緒にやってきたスタッフから「あなたはひどい」と言われるのが何とも言えず辛すぎた。
無料だからお金の問題は起きない。
だがその代わり、
価値の交換が「人間関係」だけになる。
感謝
期待
甘え
依存
不満
独占欲
目に見えないものだけが、毎日やり取りされる。
会員が1万人に近づく頃、
ほぼすべての人間関係を経験したのか、「またこのパターンか」というループが起きるのがわかった。
私の誤算
私は思っていた。
誠実でいれば、積み上がる。
共感すれば、関係は安定する。
だが、違った。
共感は距離を縮める。
その結果、依存と期待が静かに育ち、
そして現実がその期待に追いつかないとき、
失望は怒りに変わり、正義が立ち上がり衝突した。
私は人を助けているつもりで、距離の管理をしていなかった。
トラブルを解決しているつもりで、依存の温床を整えていたのかもしれない。
10年やってわかったこと
無料で運営するというのは、「善意を信じる仕事」ではなかった。
無料とは、依存と距離を管理する仕事だった。
どこまで近づき、どこで線を引くか。
それを毎日、見えないところで調整し続ける仕事だ。
お金のやり取りがない分、境界線は自分で引かなければならない。
そしてその線は、誰かを必ず不満にさせる。
10年やって、ようやくわかってきた。
無料とは、人の本質を扱う覚悟が必要な構造だった。
これから、その話を少しずつ書いていけたらと思う。

