「“できる私”の檻から抜け出すために」
優秀だから、やってしまう。
私がこの言葉の呪いに気づいたのは、ごく最近のことだ。
「どうして、そんな不自由な制限を疑わずに生きてきたんだ?」
ある時、ペイントのワークショップで、自分が口にした言葉を自分で聞いて気が付いた。
インテリアを作るのに何色で構成すべきかというような質問に「3~4色まででまとめると良いと言われている」と答えた時だった。実際は、建築時ならまだしも、生活の中、4色だけで家の内装を整えていくことがかなり難しいということを知っていた。
インテリアコーディネートのセオリーは4色で抑えるなので、間違いを言ってない。私はふと、胸の奥がザワザワするのを感じた。
それって、インテリアの正しさに集中することで、失っていた私そのものの感性をどれだけ揉み消してきたか、思い出させることになったからだった。
限られた選択肢の中で、最高を目指す
「家を4色で留めるなんて、よっぽど優秀な人じゃないと無理じゃないですかね?」
彼女は笑いながらそう言った。
その言葉に、私は一瞬、褒められたような感覚すら覚えた。
4色という制限の中で、完璧を目指してそれ以外を排除していくこと。
相手の求める「正解」を読み取り、それを満たす。
その瞬間、妙な高揚感が生まれる。
自分の感性や望みを抑えて、相手の指示や決まり事に従い、それを達成し、「自分、すごいじゃん」って感じて終わる。
「どんな理不尽さにも私は応えられる」ということと、とても似た回路だった。自分の価値を証明するかのように感じられる。
でも、それは、本当に“できる人”の証なのだろうか。正しいことなのだろうか?いつからこの高揚感に操作されているんだろうか?
「親の呪い」から自由になるということ
「それって、親の呪いじゃないか?」
そんな会話があった時、私は思わず、その時の4色のインテリアを思い出していた。
程度の差はあれ、私たちの多くは、親から何かしらの制限を受けて育っている。
「女の子なんだから〇〇しなさい」
「そんなのはわがまま」
「あなたはもっと頑張れる子でしょう?」
そう言われ続けるうちに、自由に選べなくなる。感じられなくなる。
自分の感性や感情より、誰かの期待や安心の方を優先してしまう。
そして、それは親から離れた後も持続する。だから呪いなのだ。
なぜそんな風に思うのか?なぜなら、私に「インテリアの色は4色」と命じたのは夫だったからなのだ。
私は夫の言いつけを守って、20年の間、買うものは「白、黒、グレー、赤」に限定していた。そのうちの赤は20%以下にするように言われていた。その結果、私の世界にそれ以外の色はあっても、見えなくなっていた。言われた通り、限られた色の中から買い物をするようになった私に「センスが悪い」と言われるようなミスはほぼなくなった。優秀だから自制できたのだ。
息子の言葉にハッとする
昨日、同じマンションの住民の家に息子と一緒におじゃました時のこと。
中学3年生の息子が、突然こう言った。
「おばあちゃんは、ママがどうやったら不快な気持ちになるかを考えて動いてるから、ママは大変そうなんです」
「ママはすごく優秀なんで、おばあちゃんに言われたらできてしまうんだけど、おばあちゃんは、ママがどうやれば動くかを知ってるから、ひどいんです」
「不快にさせれば、動くのですから」
私は、言葉を失った。
彼はちゃんと、見抜いていた。
「私は優秀だからやってしまう」
「だから、仕方がない」
そう信じていた私は、いつの間にか、“優秀さ”という名の檻に、自分を閉じ込めていたのかもしれない。
人生そのものを自制してきたのだった。
「優秀さを降りる」ことは、成長の放棄ではない
優秀であることをやめる。
頑張ることから逃げる。
感性のままに選ぶ。
それは、甘えているように見えるかもしれない。
実際、過去の私ならそう思ったと思う。
「それでいいなら、世の中みんなラクしてるよ」って。
でも、それは全然ちがった。
本当に優秀な人ほど、「やろうと思えばできてしまう」ことが罠になる。
できるからやる、ではなく、やりたくないことをやらずにいるために必要な勇気が求められる。
その勇気こそが、優秀さのその先にあるものだった。
優秀さに浸かって、その先に行けずにいた。
「優秀だからやる」の外にある世界へ
「どうしたら、もっと自分の感性を信じられるか」
「どうしたら、“優秀だからやる”以外の選択肢を持てるか」
これは、私が今歩いている旅の名前だ。
“自分の感性”を取り戻し、“優秀さ”を降りて、“誰かの期待”ではなく、“自分の選択”で生きる。
それは、甘えることじゃない。
怖くても、「ここが私の場所だ」と、自分に言えるようになること。
その一歩一歩が、私を自由にしていく。
“優秀さを降りる”とは、
もうその痛みに自分で触れられるほど、自分を信じられるようになったってことなのだ。
今迄の自分、おつかれ。よくぞ呪いの沼から抜け出す勇気を持ったね。
水から出た今は少し、不安だけれどやがて、圧倒的な動きやすさを実感し、軽やかにどこにでも行けるようになる。
いい人生を歩んだような気がしてくる。