私は「ご機嫌になる」ということのために、人がどんな行動をしているのかをよく観察している。
機嫌よくなった方がいいのは勿論理解できる。だけど、具体的な方法がわからない。
いや、もちろん、お風呂に浸かるとか、美味しいごはんとかも、気分が良くなるのはわかっている。だけどそれよりももっと、小さい単位のものを知りたいのだ。だってお風呂やごはんに到達するまでに、ずっと不機嫌ってのは不便だから。そこに不便さを感じると、だんだん「感じること自体」をやめたくなってしまう。
自分の気持ちに正直に生きて、ご機嫌でいるというのは、そういうモノやコトだけで何とかする話じゃないはずだから。
そんな中で生きている私にとって、特に印象的なのが、パートスタッフのMさんだ。彼女はその答えを持っていると思われる。なぜならいつも機嫌がいいからだ。
でも、彼女の行動は時々少し不思議で、私はそのたびに「え?なんでそうしたの?」と聞いてしまう。すると返ってくる答えが、いつも面白い。
ある日のこと。
お店に一本の電話がかかってきた。
それは私たちにとって、とても嬉しい内容だった。これからやりたいことが実現できそうだと感じられる相手から、「一緒にやりましょう」と言ってもらえるような電話だった。
その電話を取ったのはMさんだった。
彼女は受話器を取るとすぐに、バッグの中をガサガサと探し始めた。
何か必要な資料でもあるのかな、と思って見ていたけれど、どうも様子が違う。近くにいたスタッフが「メモ帳がないのかな」と思って差し出したけれど、それも使わない。
電話機の前には、すぐ使えるボールペンが何本も置いてある。
それでも彼女は探し続けて、ようやく取り出したのが一本の赤いペンだった。
そしてそのペンで、嬉しそうに相手の話をメモしていた。
電話が終わったあと、私は聞いてみた。
「ここにペンがあるのに、どうしてそれを使わなかったの?」
彼女は少しも迷わずにこう答えた。
「すごくいい電話だったから、大事にしているペンでメモを取りたかったんです。その方が気分がいいと思って。」
その言葉を聞いたとき、私はちょっと驚いた。
気分を良くすることは大事だと、頭ではわかっているつもりだった。
でも彼女は、それをちゃんと行動として選んでいる。
目の前にある便利なものではなく、あえて自分が気分よくいられる方を選ぶ。
ほんの数秒かもしれないけれど、そのために立ち止まることをためらわない。
少なくとも彼女は、「いい気分でいること」を優先する選択を、迷いなくしているように見えた。
数秒相手を待たせることになるのかもしれない。
でもその時間よりも、その場の気分や体験の質のほうを大切にしている。
そして、その選び方にはどこか一貫性がある。
彼女は普段から、自分の気分を丁寧に扱っている人だ。
だからこそ、自分を優先することにも、どこか自然さがある。
そして不思議なことに、そういう人がいると、その場の空気も少しやわらぐ。
「自分も少し、好きな選び方をしていいのかもしれない」
そんなふうに感じられる空間になる。
あの日の出来事を見ていて、
いい気分でいるというのは、偶然そうなるものというよりも、自分で選び取っていくものなのかもしれない、と思った。
少なくとも彼女は、そういう選び方をしている。
お気に入りのボールペンは、ただの持ち物じゃなかった。
それで書くという行為は、「どんな気分でこの時間を過ごすか」を自分で決めることでもある。
つまりそれは、自分の人生を“ご機嫌な方向”に動かすための、小さな装置だったのだと思う。
たぶん、彼女はそれを無意識に使っている。

