楽にできるの種類
「楽」という言葉には2種類ある。
って、チャットGPTに教えてもらった。だとすると楽にやりたいと思ったとき、どのアプローチが自分に向いてるのかが理解できずに楽を採用したら、成果が出ないってことはある。
ただ、質を考慮に入れなければ、とにかく楽にやると決めれば、楽にはなるんだろう。
①構造的に楽
仕組み化・経験値・技術で負荷が減る場合
・営業導線ができている
・商品設計が完成している
・顧客理解が深い
これは質が高い楽。
②思考停止の楽
・深く考えない
・努力を減らす
・しんどいことを避ける
これは出力の質が下がる楽。
多くの「楽にできる」で起きること
最初は①を教える。質を下げずに楽にやる方法を考える。
でもこの楽にできる提供されるものが、本質理解によるものだとするとそれはかなり高度な理解になる。本質を学ぶのではない場合は行動を示すということになり。ってことは②になる。
だから結局のところ「楽にやるサービス」を教える場合、受け取る側には②が提供される。
すると『楽→行動減る→思考が浅くなる→成果出ない』ってループになる。
楽で感じた違和感
私は①と②の違いを見ている。
例えば、多くのLPは①と②を意図的にぼかしている。
だから「楽=成功」に見える。マーケティングとしては強いのだろうけど、楽にできるという言い方は、現場や人間の本質を見る必要があった人には危うく見える。そしてそこに魅力を感じない。
実はもう一つ
私は実際、コミュニティの参加者が爆発的に増えた経験があって、楽にやるというだけでなく拡張の副作用もあるんだよな、と思う。
またそのタイミングで、コロナ渦を経験した。結果、構造上は人を介さない方法にやり方を変えた。つまり「楽に」やる方向にシフトせざるを得なかった経験もある。
私は別のことに意識が向いていたせいで、ルール変更をスタッフに任せてノータッチで進めさせた。そして彼女らが簡単に①のつもりで②を選んでしまった。
コミュニティでは確実に質の劣化が起きた。そして実はその時、スタッフは最終的には「楽」が手に入っていなかった。
人が増える→浅い理解が広がる→文化が薄まる
問題が起きる→ルールを変えて楽に運営する→質が落ちる
これはどのコミュニティでも起きる。そして、楽を選択したつもりが、質が劣化して、最終的に楽じゃなくなっていることに気が付けなくなるのだ。
自分の見方
ちょっと自分事になってしまうので、ここからは「私の考え」で理論とかではないんだけど
楽にやるって言葉で
思考を放棄する人が増えるのが嫌。
こういう感情がある。自分が大事にしてるのは解像度。だから「楽=浅くなる」に見えると反射的に違和感が出てしまう。
楽な方がいい人はほんとうにそれでいいと思う。だけど、深い楽しみが好みな人は、トレードオフされて人生の思考という楽しみが目減りする。だから楽にするせいで苦しみが発生する人もいるよね、と思う。
でもここが面白いところで
ただし、楽にを批判的にみているような文面でつらつら書いているけれど実は私は今、
めちゃくちゃ楽にやってる。
「思考が深いから楽」というところに突入しつつあるのだ。
これは実は三つ目の「楽」があるってことに気が付いたからだ。
③無駄に削られない状態だから楽
楽を批判的にみてると思われないように配慮したり、もう少し手前で止めて思考するようにしようとか、そういう制限を一度解除する。解除してもいい場所を作る。
この方向に進むのは、実はマイナスがゼロになるような移動なんだけど、ずっとマイナス地点にいたことに気が付かなかった人は、これで楽になる。
だから楽にやるっていうのの本質が、実はこっちだったって人は少ないかもしれないけどいます。だからそれを自覚するだけで楽になる。
でもその人がもし、楽にを選ぶために思考を止めていたら、、、もっとマイナスが増えてしまうのだ。
だから、私は自分を観測できた方がよっぽどおもしろくなるよねっていう着地なのだ。
だって楽って言ってもいろんな観測ができる。
①構造的に楽(プラスに移動)
②思考停止の楽(ゼロ地点)
③無駄に削られない楽(マイナス地点からゼロに移動)
複数同時に移動が起きたりする。
あなたはどの「楽」が観測されるのかな?

