最近、ある現象をよく目にする。
私たちはコーヒーを無料で提供している場所を運営しているが、そこで時々、お客様から運営やスタッフに対するご指摘やアドバイスをいただくことがある。
「この店は雰囲気がいいのに人が少ないのはおかしい」
「スタッフ教育が足りないのではないか」
「横柄なスタッフがいると聞いた」
「もっとこうすべきだ」
こうした言葉を、善意や親切心から伝えてくださる方が、一定の頻度で現れる。
一度や二度ではなく、何度も起きる。
形は違っても、構造はよく似ている。
長く観察しているうちに、ひとつの共通点が見えてきたから私は、この現象に名前をつけることにした。
役割残像による顧問化
かつて大きな責任ある役割を担ってきた人が、その役割を離れた後も無意識に“改善する立場”で関わろうとしてしまう現象。
この現象は
・意思決定経験が長い人
・成果責任を背負ってきた人
・改善=善だと体に染みついている人
に起きやすい。
そして、整っているのに未完成に見える場所に出会うと、自然とスイッチが入る。
本人は本気で良くしようとしている。
力になろうとしている。
経験を還元しようとしている。
ただ、場所の目的や設計思想が違うと、その善意は、時に“批判の形”に見えることがある。
問題なのは助言ではなく、「場の目的」と「関与の前提」がズレていること。
無料の場所には、利益や効率とは違う理由で存在している時間があり、そこにあるのは、改善よりも余白だったりする。
余白とは、改善されないために存在する空間でもある。
何が正しいと感じるかは、立場によって変わるだろうし、たぶん、どちらも、その人なりの誠実さなのだろう。

