円滑に物事が進むように、関連する人達それぞれの立場を考慮して、気を遣うことが得意だった。
摩擦を最小限にするために、緩衝材のように振舞うことで、スムーズに、自然な動きのように事が進む。

だから誰も気が付かない。

あちらに気を使い
こちらに気を使い

ひとつの事業が完成する。
この積重ねで、効率よく、様々な場を作り、
緩衝材となった自分が緩めると、場は崩壊していく。

ある時期私は組織の中での、この緩衝材の役割を施設ごと降りるように仕向けた。

新しいプロジェクトの進行に口出しせず、ただただ見守ることを徹底した。

具体的には、誰かが何かをやりに来ても
反対も賛成もせず、黙って受け入れ、こちらの意見を言わない。
スタッフにも徹底した。
意地悪ではない。
プロジェクトの経験の中に、緩衝材の役割もあるだろう。
円滑に進めるための働きかけという経験も必要なフェーズがある。

スタッフは「自由に施設を使ってください」と心からお伝えする。
頼まれたらコーヒーを出す。
頼まれたことはやる。
頼まれなければやらない。

これだけだ。
敵対するわけではない。
ただ、こちらの意見としての共感をせずに、只管黙った。

こちらからのホスピタリティを献上しない状態で受け入れる。

つまり、スタッフが前線配置を避ける設定にした。

結果何が起きたか。

「あなたに気を使ってつらい」

と言い出す人間が出現した。
私が何も反応しない事を責めてきた。

私は、施設は自由に使っていいと毎回言っていると答えた。
しかし、それでは気を使ってしまうのだと言う。
ざわつく気持ちを抑えている自分がいた。

スタッフは、
「気を使わせてしまっている」という言葉に反応し、
関係を悪化させないために動いた。

気を使っていると言った人間が、気を使わずに休憩できるようにテーブルや椅子をを用意したり、飲み物を用意したり

「さあどうぞ」と
相手が気を使わずに済むように、気を使う行動を開始した。

共感力の高さによって「あなたのせいで」という言葉に突き動かされる人がいる。
相手が勝手に気を使っている状態の「責任」を取ろうとしてしまう。

「無反応だが、受け入れ、意見を言わない」
この指令は簡単に崩された。

気を使ってこない状況を指摘してくる人間は、相手を共感前線配置に誘導して共感を強制的に引き出してくる。
そしてこれらは無意識で行われる。

こうやって、前線配置が起きる。

あの人はわかってくれる
感じがいい

前線配置は、誰かが命令するものじゃない。

「分かってほしい」
「感じてほしい」

その無意識の期待が、人を前線に押し出す。
そして気づいた時には、もう降りにくくなっている。

つまりこれは、共感を差し出さない状態に対して不安を感じた人が、

自分の安心を取り戻すために、共感を引き出そうとした構造だった。

私は何も奪っていない。
ただ、供給を止めただけだった。

それでも成立しない関係は、
最初から共感を燃料にしていた関係だったということなのだ。

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